順調に育っていた愛しのトマト。 「そろそろ赤くなってきたかな?」とワクワクしながら実を持ち上げ、その裏側(お尻)を覗き込んだ瞬間、心臓が止まりそうになったことはありませんか?
「うわっ…! お尻が真っ黒にへこんでる!!」
まるで火傷をしたような、あるいは腐ってカビが生えたような無残な姿。 「これって病気!? 伝染するの? もしかして、この株はもう全滅…?」
その気持ち、痛いほど分かります。初めてこの症状を見た時は、誰もが絶望的な気分になるものです。 でも、落ち着いてください。絶対にその株を引っこ抜いてはいけません!
それは、菌やウイルスによる「伝染する病気」ではないからです。 トマトがあなたに必死に訴えかけている「ある栄養が足りないよ!」というSOSサイン。 通称「尻腐れ(しりぐされ)」と呼ばれる症状です。
今回は、見た目はホラーだけど病気ではない、この厄介者「尻腐れ」の正体と、今すぐできるレスキュー方法(スプレー対策)について解説します。 大丈夫、まだ間に合います。残りのトマトたちを一緒に救い出しましょう!
伝染しないから安心して! 「病気」と「生理障害」の違い

まず、一番大切なことからお伝えします。 この症状は、カビやウイルスなどの病原菌による「伝染する病気」ではありません。
ですので、隣のトマトにうつる心配はありませんし、慌てて株ごと引き抜いて処分する必要も全くありません。
「生理障害」ってなに?
園芸の世界では、植物が育つ環境(温度、光、栄養など)が合わずに体調を崩すことを「生理障害(せいりしょうがい)」と呼びます。
これを人間に例えると、わかりやすいでしょう。
- 伝染する病気(うどんこ病・疫病など): インフルエンザや風邪のようなもの。ウイルスや菌が原因で、周りの人にうつります。
- 生理障害(尻腐れなど): 「貧血」や「熱中症」のようなもの。 鉄分不足や水分不足で本人はフラフラになりますが、隣にいる人に貧血がうつることはありませんよね。
株自体は元気です!
尻腐れ病は、トマトの体内で栄養の運搬がうまくいかなかった結果、「その実の細胞だけが壊死(えし)してしまった状態」です。
よく見ると、黒くなっているのは実だけで、葉っぱや茎は青々と元気ではありませんか? もしそうなら、株自体は健康そのもの。 環境を整えてあげれば、これから新しくできる実は、何事もなかったかのように綺麗に育ちます。
ですから、諦めるのはまだ早いです。 では、一体トマトの体内で何が起きているのでしょうか? 次の章でその「真犯人」を暴きます。
真犯人は「カルシウム」不足! でも土にはあるかも?

「栄養が足りない」と聞くと、多くの人は「窒素(チッソ)」や「リン酸」などの主要な肥料が切れたのだと思います。 しかし、尻腐れの真犯人は「カルシウム(石灰)」です。
カルシウムは、人間で言えば「骨」を作る材料。植物にとっては細胞の壁を硬く丈夫にするための「セメント」のような役割をしています。 これが足りなくなると、細胞壁が作れず、細胞が崩壊して黒く変色してしまうのです。
最大の謎:「肥料はあげたのに、なぜ?」
ここで多くの人が首を傾げます。 「植え付けの時に、ちゃんと石灰(カルシウム)入りの肥料を混ぜたはずなのに…」
そう、実は「土の中にはカルシウムがたっぷりある」というケースがほとんどなのです。 土にはあるのに、トマトがそれを吸えていない、あるいは実まで運べていない。 これは「在庫はあるのに、配送が届いていない状態」なのです。
カルシウムは「超・出不精(でぶしょう)」
なぜこんなことが起きるのでしょうか? それは、カルシウムという成分が、植物の体の中を移動するのが極端に苦手だからです。
他の栄養素(チッソなど)は植物内をスイスイ移動できますが、カルシウムは自分では動けません。 「水」というトラックに乗せてもらわないと、移動できないのです。
- 根っこから、水と一緒に吸い上げられる。
- 水は、蒸散(水分が蒸発すること)が活発な「葉っぱ」の方へどんどん流れていく。
- 実(トマト)の方は葉っぱほど水を吸い上げないため、後回しにされる。
- しかも、「実のお尻」は、給水ルートの最果ての地(ドン詰まり)。
結果として、途中で水が足りなくなったり流れが滞ったりすると、一番奥にある「実のお尻」にだけカルシウムが届かず、そこだけ細胞が壊れてしまうのです。
つまり、尻腐れ病の本質は、栄養不足というより「配送トラブル」なのです。
なぜ届かない? 3つの「配送トラブル」を疑え!

土の中にカルシウムはある。でも、実のお尻には届いていない。 これは、物流で言えば「荷物は倉庫にあるのに、配送トラックが動いていない(または道を間違えた)」状態です。
プランター栽培でこの配送トラブルを引き起こす、3人の「容疑者」を特定しましょう。
容疑者A(最大原因): 「水切れ(乾燥)」
プランター栽培における尻腐れの原因、その8割以上がこれだと言っても過言ではありません。 カルシウムを運ぶトラックである「水」が不足している状態です。
- 状況: 梅雨明けの急な暑さや、水やりのうっかり忘れで、土がカラカラに乾いてしまったことはありませんか?
- メカニズム: 土が乾燥すると、根っこは水を吸い上げられなくなります。当然、水に溶けているカルシウムの供給もストップします。 特に、実が急激に大きくなる時期に一度でも極端な「水切れ」を起こすと、そのダメージが後から「尻腐れ」として現れます。
容疑者B: 「肥料のやりすぎ(チッソ過多)」
「元気に育ってほしい」という親心が、裏目に出るパターンです。
- 状況: 葉っぱの色が濃すぎる緑色だったり、茎が異常に太くなったり、葉が内側にクルクル巻いていたりしませんか? これは「肥料(特にチッソ)」が効きすぎているサインです。
- メカニズム: チッソが多すぎると、トマトは「葉や茎を大きくすること」に全力を注ぎ始めます。すると、カルシウムも優先的に葉っぱの方へ運ばれてしまい(奪い合い)、実の方へ回ってこなくなります。 「メタボ気味のトマトは、尻腐れになりやすい」と覚えておきましょう。
容疑者C: 「根腐れ・根詰まり」
配送トラック(水)はあるのに、それを吸い上げる「ポンプ(根)」が壊れている状態です。
- 状況: いつも土がジメジメ湿っているのに、昼間になると葉がしおれる。または、プランターの底から根がはみ出している。
- メカニズム: 水のやりすぎで根が腐っていたり(根腐れ)、プランターの中で根がパンパンになっていたり(根詰まり)すると、根の吸収力が落ちてカルシウムを吸えなくなります。
心当たりはありましたか? ほとんどの場合、この3つのどれか(あるいは複合)が原因です。 特に「昨日は水やりを忘れて土が白くなっていた!」という場合は、容疑者Aで決まりです。
【対策1】 即効性ならこれ! 「カルシウムスプレー」で直接注入

「カルシウム不足なら、土に石灰を足せばいいの?」 と思うかもしれませんが、緊急時はNGです。 土に撒いたカルシウムが溶け出し、根から吸収され、実の先まで届くには、何週間もかかってしまいます。今なっている実は救えません。
そこで登場するのが、「葉面散布(ようめんさんぷ)」というテクニックです。
葉や実に直接シュッ! 「住友化学園芸」などの専用スプレー
根っこを経由せず、葉っぱや実の表面から直接カルシウムを吸収させる方法です。 ホームセンターの肥料コーナーに行くと、「トマトの尻腐れ予防スプレー」や「カルシウム液肥」という商品が売られています(1,000円前後)。
- 使い方: 週に1回程度、葉っぱ全体と、特に「若い実」や「花」に向かってビショビショになるくらいスプレーします。
- 効果: 直接染み込ませるので、即効性は抜群です。「配送トラブル」を無視して、現場に物資を空輸するようなものです。
これから大きくなる実を守るために、1本持っておくと最強のお守りになります。
【注意】 「卵の殻」や「牛乳」は今すぐには効かない!
ネットやSNSでよく見る民間療法ですが、今シーズンの尻腐れ対策としては効果がありません。
- × 卵の殻・カキ殻を砕いて撒く: これらは簡単には溶けません。土の中の微生物が分解して、トマトが吸える形になるまでには半年〜数年かかります。来年の土作りには有効ですが、今の緊急事態には間に合いません。
- × 牛乳を薄めて撒く: 牛乳に含まれるカルシウムは、そのままでは植物の根が吸収しにくい形です。しかも、土の上で牛乳が腐敗し、強烈な悪臭を放ったり、カビが生えたりする原因になります。百害あって一利なしなのでやめましょう。
緊急時は、迷わず「市販のスプレー」に頼るのが正解です。
【対策2】 根本解決! 「黒い実は摘果」&「水やり見直し」

スプレーはあくまで「点滴」です。 トマト自身が根からカルシウムを吸い上げられるようにしてあげないと、スプレーをやめた途端にまた再発してしまいます。
1. 黒くなった実は、すぐに切り取る(摘果)
残念なお知らせですが、一度黒くなってしまったお尻が、元の綺麗な状態に戻ることは絶対にありません。 黒い部分は壊死しており、治癒することはないのです。
「もったいない…」と思う気持ちは痛いほど分かりますが、心を鬼にしてハサミで切り落としてください。
- 理由: 傷んだ実をつけておくと、トマトはそこにも無駄な栄養を送り続けてしまいます。 早めに切り捨てることで、「その分の栄養(とカルシウム)を、今咲いている花や、次にできる実に回す」ことができます。 「損切り」だと思って、スパッと諦めるのが正解です。
2. 水やりのルールを厳守する
原因の8割は「水切れ(乾燥)」でしたね。 土の中のカルシウムを運んでもらうため、水の管理を徹底しましょう。
- 土を乾かさない: 表面が乾いたらたっぷりと。特にプランター栽培では、前回の記事で紹介した「マルチング」をしているかどうかが生死を分けます。まだの人は、今すぐアルミホイルでも良いので敷いてください。
- 「急激」を避ける: 「カラカラに乾いてから、大量に水をやる」という落差(ジェットコースター)が一番危険です。常に「適度な湿り気」がある状態を目指しましょう。
3. 「普通の肥料」は一旦ストップ!
ここで良かれと思って「普通の肥料(油かすや化成肥料)」をあげるのは、火に油を注ぐ行為です。
窒素(チッソ)が増えると、葉っぱばかりが茂ってカルシウムを奪い取ってしまいます(容疑者Bのパターン)。 尻腐れが収まるまでは、追肥はすべてお休みしてください。 「肥料は控えめ、水はたっぷりと」が、尻腐れ治療中の合言葉です。
【よくある質問】 このトマト、食べても平気? なりやすい品種は?

最後に、尻腐れ病に関してよく寄せられる質問にお答えします。 見た目が少しグロテスクなので心配になりますが、正しい知識を持っていれば怖くありません。
Q. 黒くなったトマトは食べられますか? 毒はないの?
A. 食べられます! 毒ではありません。
尻腐れは、あくまで「カルシウム不足で細胞が壊れただけ」の生理現象です。病原菌に侵されているわけではないので、黒く変色した部分を包丁で大きく切り取れば、残りの赤い部分は問題なく食べられます。
むしろ、「尻腐れになる=水分を絞ってスパルタで育てている」状態に近いことが多いため、生き残った赤い部分は糖度が高く、濃厚で美味しいことさえあります。捨てずに味わってみてください。
【※ただし、例外あり】 黒い部分に「フワフワしたカビ」が生えている場合や、ドロドロに腐って「嫌な臭い」がする場合は、二次的に雑菌が繁殖しています。 お腹を壊すといけないので、その場合はもったいないですが丸ごと捨ててください。
Q. 「なりやすい品種」があるって本当?
A. 本当です。品種によって天と地ほどの差があります。
もしあなたが初心者で、大玉トマトや調理用トマトを育てて苦戦しているなら、それはあなたの腕のせいではなく、品種のせいかもしれません。
- 【なりやすい】 大玉トマト・調理用トマト(細長い形) 「桃太郎」などの大玉や、「サンマルツァーノ」などのイタリアン(加熱用)トマトは、非常に尻腐れになりやすいです。特に細長い形のトマトは、お尻までカルシウムを届けるのが難しいため、プロでも気を使います。これらを育てる時は、最初から予防スプレーを準備しておきましょう。
- 【なりにくい】 ミニトマト・中玉トマト 「千果」や「アイコ」などのミニ〜中玉サイズは、実が小さいためカルシウムが行き渡りやすく、尻腐れになることはめったにありません。
「毎年、尻腐れで失敗する…」という方は、来年は思い切って「ミニトマト」に変えてみてください。驚くほど簡単に育つはずです。
まとめ

いかがでしたか? 「お尻が黒い!」と発見した時の絶望感、少しは和らぎましたでしょうか。
尻腐れ病は、トマト栽培における「登竜門」のようなものです。 これを経験したということは、あなたがそれだけ毎日トマトを観察し、実がなるまで大切に育ててきたという証拠でもあります。 決して「失敗」ではありません。ただ少し、「お水とカルシウムの配送が遅れただけ」なのです。
【今回の重要ポイント】
- 安心してください: 伝染する病気ではありません。株は元気です。
- 真犯人: カルシウム不足。でもその原因の多くは「水切れ(乾燥)」にあり。
- 緊急対策: 市販の「カルシウムスプレー」を葉と実にシュッシュッ!
- 根本治療: 黒い実はすぐ切り取る。水やりを見直し、肥料は一旦ストップ。
今日からスプレーと適切な水やりを続ければ、次に膨らんでくる新しい実たちは、きっとツヤツヤの綺麗なお尻を見せてくれるはずです。




コメント