毎週の芽かき作業、お疲れ様です。 「ポキッ」と折っては捨て、「ポキッ」と折っては捨て……。
元気に育った緑色のわき芽をゴミ箱に入れる時、ふと「もったいないなぁ」と思ったことはありませんか? その直感、大正解です。実はそれ、「宝物を捨てている」のと同じことなんです!
トマトという植物は、私たちが想像する以上に凄まじい生命力を持っています。 折ったばかりのわき芽は、ゴミではありません。条件さえ整えば、そこから根を生やし、親と同じ実をつける「新しい1本の苗」に生まれ変わることができるのです。
この技術を「挿し木(さしき)」と呼びます。
難しい道具は一切不要。必要なのは「コップ1杯の水」だけ。 まるでPCの「コピー&ペースト」のように、無料で、簡単に、いくらでも苗を増やせる裏ワザです。
今回は、家庭菜園ならではの楽しみである「クローン増殖」の手順と、増やした苗を使って秋深くまで収穫を続ける「リレー栽培」の秘訣をご紹介します。 さあ、捨てていたゴミを、再び「命」に変える魔法をかけましょう!
なぜ増える? トマトの恐るべき生命力

人間や動物であれば、切り落とした腕から「もう一人の自分」が生えてくるなんてことはあり得ません。 しかし、トマトはそれを平然とやってのけます。
茎が根っこに変わる「不定根(ふていこん)」
トマトの茎には、「土や水に触れると、そこから根を出す」という特殊能力が備わっています。 これを専門用語で「不定根(ふていこん)」と呼びます。
本来、茎は茎、根は根としての役割が決まっています。 しかし、本体から切り離されて水分が取れなくなると、トマトの茎は生き残るためにモードチェンジします。 「緊急事態だ! ここから水を吸うぞ!」と、茎の細胞を強制的に「根」の細胞に作り変えてしまうのです。
この凄まじい「生への執念」こそが、挿し木が成功する理由です。
親の性質を完全コピーする「クローン」
種から育てた苗は、いわば「親の子供」です。父親と母親の遺伝子が混ざるため、親とは少し違う性質になることがあります。
しかし、わき芽から作った苗は、親の細胞をそのまま受け継ぐ「完全なるクローン(コピー)」です。
- 親株が甘い実をつけるなら、挿し木苗も必ず甘くなる。
- 親株が病気に強いなら、挿し木苗も強くなる。
つまり、今育てている中で「この株、すごく元気だし味が良いな」というエース株がいれば、そのわき芽を使うことで、「エース級の最強トマト軍団」を無料で量産できるのです。 コスト0円で、しかもハズレなし。やらない手はありません。
【実践】コップで簡単!「水挿し(みずさし)」の手順

もっとも簡単で、成長の様子が目に見えて楽しいのが「水挿し(みずさし)」です。 小学生の理科の実験気分で、キッチンの一角で始めてみましょう。
準備するもの
- 元気なわき芽: 長さ10cm〜15cmくらいのもの。
- コップ: 透明なガラスコップや空き瓶(根が出る様子が見えるのでおすすめ)。
- 水: 水道水でOK。
手順1:選手選び(わき芽の選定)
芽かきのついでに、「鉛筆くらいの太さ」があってガッシリしたわき芽を選びます。 【注意】 すでに「花(つぼみ)」がついている芽は避けましょう。花を咲かせる方にエネルギーを使ってしまい、根っこが出にくくなります。
手順2:下準備(給水モードへ)
切り取ったわき芽を、そのままコップに入れてはいけません。少し加工します。
- 下葉を取る: 水に浸かる部分にある葉っぱは全て手で取り除きます(水に葉が入ると腐る原因になります)。
- 斜めにカット: 茎の切り口を、ハサミやカッターで「斜め」に切り直します。こうすることで水を吸う面積が広がり、水揚げが良くなります。
★【失敗しないコツ】葉っぱを「半分」に切る! 挿し木が失敗する最大の原因は、「根がないのに、葉っぱからどんどん水分が蒸発してしおれる」ことです。 大きな葉っぱがついている場合は、ハサミで「葉の面積を半分」にカットしてください。 見た目は少し不格好になりますが、これで水分の蒸発(蒸散)が抑えられ、生存率が劇的に上がります。
手順3:管理(明るい日陰へ)
コップに茎が3cm〜5cmほど浸かるように水を入れ、わき芽を挿します。
- 置き場所: 直射日光の当たらない、明るい日陰(室内の窓辺など)。 ※根がない状態で直射日光に当てると、一発でしおれて枯れます。
- お世話: 水は毎日取り替えてください。水が腐ると茎も腐ります。新鮮な酸素をあげましょう。
結果:生命の誕生
早ければ3日、遅くとも1週間ほどで、茎の側面から白いボツボツが現れ、そこから真っ白な根がニョキニョキと伸びてきます。 この「根が生えてくる瞬間」は、何度見ても感動しますよ!
土への定植とトラブルシューティング

コップの中で白い根がモジャモジャと生えてきたら、いよいよ卒業です。 水耕栽培から「土の世界」へと引越し(定植)させてあげましょう。
土へ植え替えるタイミング
根の長さが5cm以上になり、本数も増えてきたらOKのサインです。
- 鉢の準備: いきなり大きなプランターではなく、まずは3号(直径9cm)くらいのポリポットを用意します。土は普通の「野菜の培養土」で大丈夫です。
- 植え付け: 割り箸などで土に深めの穴を開け、せっかく生えた根を切らないように優しく差し込み、土を寄せます。
- 水やり: 鉢底から流れ出るくらいたっぷりと水をあげます。
【超重要】最初の3日間は「リハビリ期間」 植え替えた直後の苗を、いきなり直射日光に当てるのは厳禁です。 水の中から急に土に移され、根っこはビックリしています。 2〜3日は明るい日陰で休ませ、徐々に外の光に慣らしていきましょう。ここを焦ると、定植当日にしおれてしまいます。
【Q&A】こんな時はどうする? 失敗しないレスキュー
「やってみたけど、うまくいかない!」という時によくある原因と対処法です。
Q. 翌日、フニャフニャにしおれてしまった!
- 原因: 葉っぱからの水分蒸発に、吸水が追いついていません。
- 対処:
- すぐに直射日光の当たらない涼しい日陰へ移動。
- 葉っぱの枚数を減らすか、残っている葉をハサミで半分にカットして、蒸発量を減らす。
- 霧吹きで葉っぱ全体を湿らせてあげる。 これで半日ほど様子を見れば、シャキッと復活することが多いです。
Q. 茎がヌルヌルして茶色く腐った!
- 原因: 水の中で雑菌が繁殖しています。特に気温が高い時期は水が腐りやすいです。
- 対処:
- 水は必ず「毎日」交換してください。
- 腐ってしまった部分は復活しません。茶色い部分より上の、緑色の健康な部分で切り直し(リセット)て、新しい水で再スタートしましょう。
増やしてどうする?「秋トマト」へのリレー栽培

「そんなに増やしてどうするの? 食べきれないよ」 そう思うかもしれません。しかし、このクローン苗たちが真価を発揮するのは、「親株が疲れ果てた頃」なのです。
プロも実践する、長期収穫のテクニック「リレー栽培」について解説します。
1. 真夏の「選手交代」で収穫を止めない
春に植えた親株は、7月〜8月の猛暑を迎える頃には、さすがに体力が尽きてきます。 背は伸びすぎて管理が大変になり、実は小さくなり、味も薄くなりがちです(これを「なり疲れ」と言います)。
そこで、クローン苗の出番です。 6月〜7月に挿し木で作った苗は、親株がバテる8月後半〜9月頃に、ちょうど「青春真っ盛り(収穫開始)」を迎えます。
- 親株(第1走者): 5月〜7月まで頑張って引退。
- クローン株(第2走者): 8月〜10月までバトンを受け継いで走る。
このリレーを組むことで、トマトの収穫期間を秋の終わり(霜が降りる直前)まで、数ヶ月も延長できるのです。
2. 「秋トマト」は濃厚で甘い
実は、真夏よりも秋に収穫するトマトの方が美味しいことをご存知でしょうか?
真夏は気温が高すぎるため、実が赤くなるスピードが早く、味が乗る前に完熟してしまいます。 一方、涼しくなってくる秋のトマトは、じっくり時間をかけて色づきます。その分、糖度が増し、味がギュッと凝縮された「濃厚なトマト」になります。 この「秋トマト」の味を知ってしまうと、もうリレー栽培はやめられません。
3. 全滅を防ぐ「保険(バックアップ)」
第17回で紹介した「疫病」などの病気で、メインの畑が全滅してしまうリスクは常にあります。 そんな時、プランターで別の場所に「クローン苗」を隔離して育てておけば、それが「保険」になります。
「親株がダメになっても、まだ控えがいる!」 この精神的な余裕こそが、挿し木をしておく最大のメリットかもしれません。
【重要】法律(種苗法)のルールを守ろう

家庭菜園は個人の趣味ですが、実は「法律(種苗法)」というルールが関わってくることをご存知でしょうか? 2021年の法改正により、植物の「知的財産権」を守るルールが厳格化されました。
「知らなかった」で法律違反にならないよう、挿し木を楽しむ前に必ず確認すべきポイントを解説します。
1. 「PVPマーク(登録品種)」を確認しよう
苗を購入した時のタグやパッケージをよく見てください。 「PVP」「登録品種」「品種登録出願中」といったマークや文字が書かれていませんか?
これらは、開発者が長い年月とコストをかけて作った「著作権のあるブランド品種」であることを示しています。 これらの登録品種は、育成者の許可なく勝手に増やして広めることが制限されています。
※逆に、昔からある固定種や、登録期限が切れた一般品種であれば、制限はありません。
2. 「あげる・売る」は絶対にNG!
ここが最も重要なポイントです。 現在の法律(種苗法)では、登録品種(PVP)であっても、「家庭菜園で、自分(と家族)が食べるためだけに増やす」ことは、例外的に認められています(※営利目的でなければOK)。
しかし、以下の行為は完全に違法(権利侵害)となります。
- × 売る: メルカリやフリマアプリ、道の駅などで、増やした苗を販売する。
- × あげる(譲渡): 「たくさん増えたから」といって、近所の人や友人に苗を無料で配る。
意外かもしれませんが、「タダであげる」のもダメなのです。 「増殖した苗を他人に渡す(譲渡する)」こと自体が、育成者の権利を侵害するとみなされます。
3. 「自宅の敷地内」だけで完結させよう
法律は少しややこしいですが、家庭菜園を楽しむ私たちが守るべきルールは、たった一つです。
「増やした苗は、自分の家の敷地から一歩も出さない」
これさえ守れば大丈夫です。 挿し木で増やしたクローン苗は、あくまで「自分自身の楽しみ」として、自宅の庭やベランダの中だけで可愛がってあげてください。 美味しい品種を作ってくれた開発者の方々に敬意(リスペクト)を持ち、ルールを守って楽しみましょう。
まとめ

これまで「ポイッ」と捨てていたわき芽が、実は「次世代のエース」だったなんて、ちょっとワクワクしませんか? 透明なコップの中で、毎日少しずつ白い根っこが伸びていく様子は、大人でもつい見入ってしまう面白さがあります。
今回の「クローン増殖」のポイントをおさらいしましょう。
- ゴミじゃない、資源だ: 元気なわき芽は、水に挿すだけで「無料の苗」になる。
- 失敗しないコツ: 葉っぱを半分にカットして、水分の蒸発を防ぐこと。
- 秋まで楽しむ: 親株とクローン株で「リレー栽培」を組み、濃厚な秋トマトを味わう。
- ルールは絶対: 増やした苗は「自宅の敷地内」だけで愛でる。人にあげたり売ったりしない(種苗法)。
たった数センチの小さなわき芽が、秋にはあなたの背丈を超え、再び甘い実をたわわにつける。 この生命のドラマを味わえるのは、自分で手を動かして育てた人だけの特権です。 ぜひ、今週の芽かき作業では、元気そうな芽を1本、コップに入れてみてください。




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